帯状疱疹は、子供の頃にかかった水ぼうそうのウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)が、体内の神経節に潜伏し続け、加齢やストレスで免疫力が低下した際に再活性化して、皮膚の痛みや発疹を引き起こす病気です。この苦しい病気を防ぐためのワクチンですが、近年の大規模なデータ解析により、副次的ながらも「その後の認知症発症リスクを低下させる」効果があるという可能性が示唆されました。
オックスフォード大学などの研究によれば、帯状疱疹ワクチンを接種した人々は、未接種の人々と比較して、その後の認知症発症までの期間が有意に延長し、発症リスク自体も約17%〜20%程度低いことが示されました。感染症を予防するという本来の目的が、回り回って「脳を認知症から守る」ことに繋がっているという知見は、予防医療の世界に新しい光を当てています。
なぜ、帯状疱疹ワクチンが認知症の予防に役立つのでしょうか。そこには、脳の老化と「慢性炎症」の深い関わりがあります。
第一の仮説は、ウイルスの直接的な影響の遮断です。帯状疱疹ウイルスが再活性化する際、末梢神経だけでなく中枢神経系(脳や脊髄)にも軽微な炎症を引き起こしている可能性があります。これがトリガーとなり、脳内のアミロイドβの蓄積を加速させたり、神経細胞を損傷させたりするのではないかと考えられています。ワクチンでウイルスの活動を抑え込むことは、脳内の火種を消し止めることに相当します。
第二の仮説は、免疫システムの安定化です。帯状疱疹の発症は、身体の免疫バランスが崩れているサインでもあります。ワクチンによって特定のウイルスに対する免疫を強化し、全身の炎症レベルを低く保つことが、結果として脳の神経細胞を間接的に保護する「シールド」として機能している可能性があります。
帯状疱疹は、80歳までに約3人に1人が経験すると言われるほど一般的な病気であり、発症した際の神経痛などの後遺症も大きな負担となります。これまでは「あの激痛を避けたい」という理由で接種が選ばれてきましたが、これからは「大切な脳の機能を一日でも長く保つため」という、より積極的な理由で選択されるべき時代に来ています。
脳外科やもの忘れ外来を受診される患者様に対し、当院では画像診断に基づいたアドバイスに加え、こうした包括的な予防医学の視点も提供しています。認知症予防には「これだけやれば完璧」という魔法の杖はありませんが、食事、運動、睡眠、そしてワクチン接種のような科学的根拠のある対策を一つずつ積み重ねていくことが、確実な防衛線となります。
50歳を超えたら、一度帯状疱疹ワクチンについて検討してみてください。健康な脳の未来のために、多角的な視点からの予防行動を強く提唱いたします。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:Taquet M, et al. Nat Med. 2024;30:2113-2122.
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