一般的に「健康のためには肉を控え、野菜中心の生活を」と言われることが多いですが、認知症予防の最前線では、その常識が必ずしも全員に当てはまるわけではないことが分かってきました。特に、アルツハイマー病の強力な遺伝的リスク因子として知られる「APOE ε4」という遺伝子型を持つ人々において、肉類の摂取が認知機能の維持に寄与している可能性を示唆する研究が注目を集めています。
この研究によれば、APOE ε4を保有する高齢者グループにおいて、赤身肉を含む肉類を定期的に摂取している人ほど、数年後の認知機能テストのスコアが維持されやすいという傾向が見られました。これは、特定の遺伝的背景を持つ人々にとって、肉類に含まれる特定の栄養素が、脳の神経細胞を維持・修復するために通常以上の役割を果たしている可能性を示しています。「一律にこの食事が正解」という時代から、個人の遺伝的特性や体質に合わせた「個別化された栄養戦略」が求められる時代へと移行しているのです。
なぜ、特定のグループにおいて肉類の摂取が脳を守るのでしょうか。そこには、植物性食品だけでは補いにくい、脳にとっての「必須資材」が関係しています。
第一に、ビタミンB12の存在です。ビタミンB12は神経細胞の鞘(ミエリン)を維持するために不可欠な栄養素であり、不足すると神経伝達が滞り、深刻な認知機能低下やしびれを招きます。肉類はこのビタミンB12の優れた供給源です。 第二に、高品質なタンパク質と鉄分です。脳の神経伝達物質の多くはアミノ酸から作られており、鉄分は脳への酸素供給を支えます。加齢とともに食が細くなり、タンパク質が不足する「フレイル(虚弱)」の状態は、脳の萎縮を加速させる大きな要因となります。 第三に、APOE ε4保有者は脂質代謝の仕組みが通常と異なり、脳内の神経細胞膜の修復に、より効率的な脂質や栄養の供給を必要としている可能性が考えられています。肉類を適切に摂ることは、彼らにとって脳の「修復材料」を確保する重要な手段になり得るのです。
今回の知見は、「肉をいくら食べても良い」という意味ではありません。脂身の多すぎる肉や加工肉(ハム、ソーセージ等)の過剰摂取は、依然として血管への負担となります。大切なのは、ご自身の遺伝的リスクや現在の栄養状態、そして脳の萎縮度を正しく把握した上で、バランスを調整することです。
当院のもの忘れ外来では、MRI画像による脳の評価だけでなく、必要に応じて血液検査も行います。もし「健康のために」と極端な粗食を続け、その結果として脳が栄養不足に陥っているのだとしたら、それは本末転倒です。特に、もの忘れが気になり始めた方で、活力が低下していると感じる場合は、良質な赤身肉などを食事に取り入れ、脳に「修復の材料」を届けてあげることを検討してみてください。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:Niu Z, et al. Nutrients. 2024;16:1193.
「もの忘れ」に関するお悩みは、当院の「もの忘れ外来」へお気軽にお越しください。
