「いびきがうるさい」「寝ている時に息が止まっているようだ」と指摘されたことはありませんか?これらは単なる睡眠のクセではなく、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」という、脳の健康を著しく脅かす疾患のサインかもしれません。
SASは、睡眠中に気道が塞がることで、何度も呼吸が停止したり、浅くなったりする状態を指します。呼吸が止まるたびに、血液中の酸素濃度は急激に低下し、脳は深刻な酸欠状態に陥ります。これを補うために心拍数は上昇し、交感神経が過度に興奮するため、脳は眠っている間も激しいストレスにさらされ続けることになります。
アメリカのニューヨーク大学などの研究チームが発表したデータによると、SASを抱え、適切な治療を受けていない高齢者は、SASがない方に比べて、アルツハイマー病の初期症状が現れる時期が平均して約10年も早まるという、衝撃的な事実が明らかになりました。夜間の「静かな酸欠」が、脳の老化時計を猛烈な勢いで進めてしまうのです。
私たちの脳は、日中の活動中にアミロイドβなどの有害なタンパク質(老廃物)を排出しますが、その掃除が最も活発に行われるのが、睡眠中、特に「深い眠り(ノンレム睡眠)」の時です。深い眠りに入ると、神経細胞の間隙が広がり、そこを脳脊髄液がスムーズに流れることで、蓄積したゴミを一気に洗い流してくれます。
しかし、SASによって呼吸が止まり、脳が酸欠の危機を感じて何度も覚醒してしまうと、この「掃除の時間」が確保されません。結果として、脳内にゴミが溜まり続け、それが神経細胞を死滅させ、認知症の発症へと繋がっていくのです。
睡眠時無呼吸症候群の恐ろしい点は、本人がその深刻さに気づきにくいことです。日中の強い眠気、集中力の欠如、起床時の頭痛、そして「もの忘れ」といった症状は、実はすべてSASが原因かもしれません。
現代の医療では、CPAP(持続陽圧呼吸療法)などの適切な治療によって、睡眠中の呼吸を正常に保ち、脳への酸素供給を安定させることが可能です。治療を開始した患者様からは、「頭がスッキリした」「記憶力が戻ってきた気がする」といった声を多くいただきます。これは、脳が本来の掃除機能を取り戻した証拠です。
睡眠という「脳のインフラ」を整えることは、将来の認知症を予防する上で最も投資価値の高い習慣となるでしょう。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:Osorio RS, et al. Neurology. 2015;84:1964-1971.
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