日常生活に大きな支障はないものの、年齢相応以上のもの忘れが目立ち始める「軽度認知障害(MCI)」。この段階でいかに進行を食い止めるかが、将来の認知症予防における最大の焦点となっています。そのような中、近年注目を集めているのが、微量元素である「リチウム」の低用量摂取が持つ脳保護作用です。
ブラジルのサンパウロ大学などが行った2年間にわたる臨床試験では、低用量のリチウムを継続的に服用したMCIの患者グループにおいて、偽薬を服用したグループと比較して、認知機能の低下が有意に抑制され、脳脊髄液中のアルツハイマー病関連タンパク質の数値も安定するという驚くべき結果が示されました。
これは、リチウムが単なる精神安定剤ではなく、脳の老化プロセスそのものに介入し、神経細胞の寿命を延ばす「疾患修飾的」な役割を果たしている可能性を強く示唆しています。
なぜ微量のリチウムが脳を守るのでしょうか。そのメカニズムは多岐にわたりますが、主に3つの大きな働きが考えられています。
第一に、脳内の神経栄養因子(BDNF)の産生を促進することです。BDNFは「脳の肥料」とも呼ばれ、リチウムはこのBDNFを増やすことで、ダメージを受けた脳の修復力を高めます。
第二に、アルツハイマー病の代名詞とも言える「アミロイドβ」や「タウタンパク質」の蓄積を抑制する働きです。リチウムは、これらの異常タンパク質を生成する酵素の働きを抑える一方で、細胞内のゴミをリサイクルする「オートファジー」という機能を活性化し、脳内の掃除を助けると考えられています。
第三に、過剰な神経炎症を鎮める作用です。脳内の炎症反応をリチウムが穏やかに制御することで、脳の慢性的なダメージを軽減します。
もちろん、リチウムは医薬品であり、自己判断での摂取には副作用のリスクも伴います。しかし、今回の知見が示している最も重要なメッセージは、「MCIの段階であれば、適切な医学的介入によって脳の衰えを遅らせることが十分に可能である」という点です。
検査によって脳の萎縮の程度や血流の状態を把握し、MCIという段階を正しく認識することは、決して怖いことではありません。むしろ、そこから適切な対策を始めるための「希望のスタートライン」なのです。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:Forlenza OV, et al. Br J Psychiatry. 2011;198:351-356. / Curr Alzheimer Res. 2024.
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