肥満が認知症のリスクを高める可能性については、これまで多くの研究がなされてきました。特に、お腹周りに蓄積する「内臓脂肪」が多いと認知機能が低下するという報告がある一方で、関連がなかったという報告もあり、その関係性は一貫していませんでした。
こうした中、滋賀医科大学の研究グループが、日本人の中高年男性を対象とした横断研究(滋賀動脈硬化疫学研究)において、肥満の指標と認知機能との関連を詳細に調査しました。この研究のユニークな点は、単なるBMIや内臓脂肪の「量」だけでなく、内臓脂肪面積と皮下脂肪面積の「比率(VSR)」に着目した点です。VSRは、皮下脂肪に対して内臓脂肪がどれだけ多いかを示す指標です。
研究には、滋賀県草津市在住の40~79歳の日本人男性776人のデータが解析されました。参加者はCT検査で腹部の内臓脂肪と皮下脂肪の面積が正確に測定され、認知機能はCASI(Cognitive Abilities Screening Instrument)というテストで評価されました。
研究の結果、BMIや内臓脂肪、皮下脂肪の「量」をそれぞれ単独で調べても、認知機能との明確な関連は見られませんでした。太っているか痩せているか、脂肪が多いか少ないかは、直接的な要因ではなかったということです。
しかし、VSR(「皮下脂肪と内臓脂肪の比率(バランス))」に着目すると、重要な事実が判明しました。 年齢や体質などの影響を除いて解析したところ、バランスの取れているグループに比べ、「皮下脂肪に対して内臓脂肪の比率が極端に低い」グループでは、認知機能のスコアが低いという結果が出たのです。 この結果は、認知機能の維持において、単に脂肪を減らすだけでなく、体につく脂肪の適切な配分が重要である可能性を示しています。
分析の結果、BMI、内臓脂肪面積、皮下脂肪面積のそれぞれを単独で見ても、その量と認知機能スコアとの間に有意な差は認められませんでした 。
しかし、VSR(内臓脂肪/皮下脂肪比)で参加者を4つのグループに分けて比較したところ、多変量調整モデル(年齢や他の要因を考慮した統計モデル)において、VSRが最も低い群(Q1:皮下脂肪に対して内臓脂肪が最も少ない群)の認知機能(CASI合計スコア)が、VSRが3番目に高い群(Q3)よりも有意に低いという結果が得られました 。
これは、一見すると「内臓脂肪が少ない方が認知機能が低い」とも読み取れ、従来の内臓脂肪悪玉説とは異なる結果に思えます。
しかし研究者らは、この結果について、「比較的肥満度の低い日本人男性においては、内臓脂肪組織と皮下脂肪組織を個別に評価するのではなく、VSR(比率)に注目する必要がある」と考察しています。
この研究の対象者は平均年齢が68.4歳であり、高齢期においては「痩せすぎ」が認知機能低下のリスクとなることが知られています。VSRが極端に低い(Q1)ということは、内臓脂肪が少ないだけでなく、エネルギーを蓄えたりホルモンを産生したりする役割を持つ「皮下脂肪」も相対的に非常に少ない(あるいは内臓脂肪の蓄積が極端に少ない)状態を反映している可能性があります。
この研究は、肥満と認知機能の関係が単純ではなく、特に日本人男性においては、内臓脂肪の量そのものよりも、内臓脂肪と皮下脂肪の「バランス」を示すVSRが、脳の健康状態と関連する新たな指標となる可能性を示唆しています。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献: Matsuno S, et al. PLoS One. 2025;20:e0332595.
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