「最近、何をするにも億劫だ」「以前楽しかった趣味に興味が湧かない」。こうした意欲の低下(アパシー)や、気分の落ち込み(抑うつ)は、単なる精神的な疲れとして片付けられがちですが、実は高齢期の身体的な衰えである「フレイル(虚弱)」を加速させる非常に深刻な要因であることが最新の研究で示されています。
脳と身体は密接に繋がっています。心が沈むと、私たちの行動は消極的になり、外出頻度が減り、身体活動量が低下します。筋肉は使わなければ数日で驚くほどの速さで衰え、それが転倒や骨折のリスクを高め、最終的には寝たきりへと繋がってしまいます。この「心の不調→活動低下→身体的衰え」という負の連鎖は、脳にとっても致命的です。身体を動かさないことは、脳への血流を減らし、神経細胞を活性化させる刺激を遮断することを意味するからです。
なぜ意欲の低下がこれほどまでに脳の老化に直結するのでしょうか。最新の脳画像研究によれば、意欲欠如が見られる方の脳では、前頭葉と基底核を結ぶ回路など、意思決定や報酬系を司るネットワークの繋がりが弱まっていることが確認されています。
特筆すべきは、こうした意欲の低下が「もの忘れ」よりも先に、認知症の初期症状として現れるケースが多いという点です。脳の神経細胞がダメージを受け始めると、情報の記憶以前に、「情報を得ようとする意欲」や「周囲に関心を持つ力」が失われていきます。これを単なる「歳のせい」と見過ごしてしまうと、脳の萎縮は急速に進行します。心のサインは、脳の構造的な変化を知らせる警鐘なのです。
フレイルと認知症を防ぐためには、身体を動かすことと同じくらい、心を動かすことが重要です。そのためには、まずご自身の心の状態を客観的に把握し、必要であれば専門医の助けを借りることを躊躇しないでください。
日常生活においては「小さな成功体験」を積み重ねることを推奨します。散歩に出る、誰かに挨拶をする、といった些細な行動が脳内のドパミン系を刺激し、意欲の回復を助けます。心の不調を放置せず、身体と脳の健康を守るための「心・動・脳」ケアを今から始めましょう。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:Ishihara S, et al. Geriatr Gerontol Int. 2024.
「もの忘れ」に関するお悩みは、当院の「もの忘れ外来」へお気軽にお越しください。
