私たちは、高齢になってから「最近、もの覚えが悪くなったから食事に気をつけよう」と考えがちですが、最新の研究によれば、その影響はもっと早い段階から始まっています。米国神経学会が発表した、約3,000人を対象とした30年間にわたる追跡調査の結果は、私たちに重要な教訓を与えてくれます。20代から40代にかけての「食事の質」が、70歳を過ぎた時の認知機能テストの結果と密接に相関していることが明らかになったのです。
若い時期から野菜、果物、全粒穀物、ナッツ類を豊富に摂り、加工肉や過剰な塩分・糖分を控えてきた人々は、そうでないグループに比べて、高齢期の認知テストで「良好」なスコアを維持する確率が約50%も高いという結果が出ました。これは、生涯を通じた食生活が、脳の中に「認知予備能」という貯金を蓄えていることを示しています。若い頃の不摂生は、数十年の時を経て、脳の老化という形で「請求書」が届くことになりかねません。
なぜ、これほど長期的な影響があるのでしょうか。それは、食事の質が脳の物理的な構造に永続的な影響を与えるからです。質の低い食事、特に飽和脂肪酸やトランス脂肪酸、精製された糖分が多い食事は、脳内で微弱な「慢性炎症」を引き起こし続けます。この炎症は、神経細胞間のネットワークを繋ぐシナプスを徐々に弱らせ、脳の容積を縮小させていきます。
一方で、抗酸化物質やオメガ3系脂肪酸を含む良質な食事を維持していると、脳の神経再生を助ける因子(BDNF)が活発に働き、血管の老化も抑制されます。MRI画像において、同じ70歳であっても、脳のシワが深く若々しい人と、隙間が目立ち萎縮が進んでいる人がいますが、その差の大きな要因の一つが、数十年にわたる「食の選択」の積み重ねなのです。脳という臓器は、私たちが食べたものから作られ、メンテナンスされています。生涯を通じた食事の質は、脳という精密機械をいかに丁寧に使い続けてきたかの証拠なのです。
認知症予防を「老後の課題」にせず、全世代の「現在の課題」として捉え直すことが大切です。30代や40代の働き盛りの方が、忙しさを理由にカップ麺や出来合いの惣菜だけで食事を済ませることは、将来の自分の知的能力を削っていることに他なりません。逆に、今この瞬間に選ぶサラダや玄米、青魚は、30年後の自分への確実な「知的投資」となります。
もちろん、高齢になってから食事を改善しても遅すぎることはありません。どのライフステージからでも、食事の質を高めることで脳の衰えのカーブを緩やかにできることが証明されています。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献:McEvoy CT, et al. Neurology. 2024.
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