適応障害(DSM5-TRでは適応反応症)の概念を簡単にまとめると
・何らかのストレスとなる状況や出来事(ストレス因)の発生から数ヶ月(1-3ヶ月)以内に、ストレス因に不釣り合いな症状が現れている
・その症状によって社会機能が障害されている
・ストレスがなくなると速やかに(半年以内)に症状も消失する
ということになります。
(WHOによる国際的診断基準のICD11では、ここにストレス因に対する過度の心配や思考の反芻があることが加わる)
上記の診断基準で、留意すべき点としては、まず症状の種類についての規定はないという点でしょう。つまり、ストレスによって、気分の落ち込み、興味の減退などのうつ病エピソードで見られるような症状が出る場合もありますし、不安が募る、パニック発作など、不安症のカテゴリーにあるような症状の場合もあります。他にも腹痛、胃痛、頭痛などの痛みといった身体的な症状が中心の場合もあり得ますし、児童思春期においては、不登校、規範の逸脱といった行動上の問題となって現れる場合もあります。
いずれにしても、仕事や家庭生活に影響があるような何らかの心身の症状があり、それがストレスによって起こっている(ストレスが無くなれば治まる)というのが適応障害の定義ということです。
ここで当然ながら疑問に思うのは、何をもってストレス因に「不釣り合いな」と判断するかということでしょう。しかしこれに対しては明確な基準が有るわけではありません。現実的にはその症状によって今までの生活に支障を来しているかどうかで、正常なストレス反応か、適応障害レベルのストレス反応かを判断することになるでしょうか。
また、適応障害とうつ病(もしくは不安症)との違いは何かについても質問をうけることがあります。これについては、適応障害の診断基準に、「他の精神疾患の診断を満たさない状態であること」という規定があります。つまり、何らかのストレスによって起こったうつ状態であっても、それがうつ病の診断基準を満たしていれば、うつ病として扱いましょうということです。しかしこれも当然ながらどちらとも取りかねる状態というのはあり得ますし、そもそも「ストレスがなくなると症状もなくなる」という、診断を下すのにある程度の期間を要する要件を持つ適応障害と、ここ2週間の状況が分かれば診断の出来るうつ病を同じ俎上に乗せるのは何となく違和感がありますよね。
さらに言えば、上記のいきさつから、適応障害は、うつ病の診断基準未満の状態(=うつ病ほど深刻ではない状態)と捉えられがちなのも問題があるように思います。何故なら適応障害においてもうつ病と同程度の自殺リスクを有することが報告されているからです。
適応障害は、なんらかの共通する脳機能異常をもった一群と見なすのは難しく、研究の対象とはなりにくく、現時点で適応障害に対する薬物治療などについての明確なエビデンスはほぼありません。また、ストレスがなくなればその症状もなくなるという定義を考えれば、積極的に薬を飲む必要性もないと考えるのが一般的でしょう。しかし、現実問題として、取り除くことの出来ないストレス因というのは多くあり(家族内の問題、辞めるわけにはいかない会社内での問題等)、時に苦痛な症状を取り除くための薬物が必要となる場合はあります。ただし、あくまでも一番肝要なのは、本人とストレス因との関係性を軟化させていくことではないでしょうか。それには、環境調整などでストレスそのもののかかり方を変えること、そしてもう一つは、本人のストレス対処能力を向上させるということが重要になります。