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うつ病とは

うつ病について、簡単に説明することは難しいですが、「心のエネルギーが低下した状態」と表現するのが良いように思います。うつ病診療の大家である笠原嘉先生は、下記の「ダムの水位が落ちて岩礁が現れる図」を用いてうつ病の概念を説明しています。つまり、人は誰しも生まれついての得意・不得意や、過去の嫌な思い出等、心のダムの奥底には多少のでこぼこはあるものですが、普段ダムの水位(=心のエネルギー)がしっかり保たれている時は、それらが水面をざわつかせることはない。しかし、ダムの水位が下がってしまうと、色々な不具合が水面をざわつかせ、時には空中に顔を出してくるということでしょう。

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うつ病の症状

具体的には、気が沈む、気が滅入る、時には喜怒哀楽の感情が湧かないといった抑うつ気分や、今まで好きだったことを楽しめない、ニュースなど社会で起きていることに関心が持てなくなるという興味の減退が、必発の症状としてみられます。他にも、倦怠感、意欲の低下、食欲や睡眠の変化(増える場合も減る場合もある)といった自律神経症状、集中できない、物事が決められない、頭が回らないといった認知機能症状もよくみられます。その結果、上図のように、普段なら気にならないことを強くストレスに感じたり、今までカバー出来ていたことが出来なくなったりしてしまいます。

これだけだと、例えばひどい風邪を引いたとき、何か辛いことがあったとき(失恋した、友人と喧嘩した、親しい人を亡くした等)などにも同じような状態になると思われるかもしれません。これはその通りで、国際的に使われている診断基準においても、身体的な不調による影響によるものや、悲嘆反応を、そのままうつ病と捉えないようにと注意が促されています。

受診のめやす

このように考えると、どこまでが通常の心の反応なのかという線引きに迷われると思います。目安として、上記の症状が数週間にわたって続いており、そのことで仕事や学業、家庭生活などの日常生活に支障を来している場合は一度専門の病院を受診されることをお勧めします。その際に、精神保健指定医、精神科専門医の資格を持っている医師であれば、精神科専門の医療機関で研鑽を積んでいるということであり、受診先の目安になるでしょう。もちろん、自分を責める気持ちが強くなり、「自分なんて居なくても良い」「消えてしまいたい」といった考えが頭に浮かぶ場合はすぐにでも受診すべきですし、病院の予約が取れない場合は、24時間対応の相談窓口がありますので、そこに電話をしてください。

(※)福岡市の場合
ふくおか自殺予防ホットライン:092-592-0783
福岡いのちの電話:092-741-4343

うつ病の原因

ところで、うつ病の原因は何なのでしょうか。世界人口のうち、5人に一人は生涯に少なくとも一度のうつ病エピソードを経験すると言われています(※1)。現代社会においてうつ病がふえていると言う話はよく耳にしますが、経済的に発展している国でも、貧しいとされる国においても、有病率は変わらないことが分かっており、うつ病の原因を単純に「現代化社会」や「貧困」と結びつけるわけにはいかないようです。一方、女性の方が男性よりもおよそ2倍の確率でうつ病になりやすいことは分かっており、性差による生物学的もしくは社会環境的な違いが関与している可能性はあります。

現代はストレス社会だなどと言われ、うつ病の原因もストレスと関連付けて語られることも多いようです。うつ病が、ストレスなどの心因によって起こるのか、そうでなく「ひとりでに」引き起こされるものなのかについては、古くは今から百年以上前に、クレペリンという人が心因性、内因性という言葉を使って両者を区別をしていました。冒頭で紹介した笠原先生はうつ病を五つの類型に分類しており、その中の3型と1型が、それぞれ心因性、内因性のうつ病と重なる概念になっています。近年の研究では、この両者には違う遺伝的基盤がありそうだということも分かってきました(※2)。いずれにしても明らかなストレスを起因としてうつ病になる方もいれば、明らかなストレスがなくてうつ病になる方もおり、またうつ病になることで些細な出来事をストレスと感じるようになっている方も居るということでしょう(上図のごとく)。ストレスとの関連で言うと、適応障害と言う診断名がありますが、これについては項を改めて書いてみたいと思います。

うつ病の生理学的な原因として、よく知られている仮説としては、シナプス(神経細胞同士の隙間)のモノアミン(セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質)が不足しているというものがあります。これには、これらのモノアミンを枯渇させる薬によってうつ病が引き起こされたという経験や、抗うつ効果をもつ薬はモノアミンの伝達を強める作用があるということが背景にあります。しかし、抗うつ薬の開始後、シナプスのモノアミンはすぐに増えるはずなのに、抗うつ効果が発揮されるまでには通常数週間かかることなど、矛盾する点もあり、完全な病態の解明はまだまだ先のことのようです。

うつ病の治療

そのようにきくと、原因のはっきりしない病気を治療することは可能なのかと心配になるかもしれません。驚かれる方もいるかもしれませんが、ある治療法が保険適応になるかどうかの判断基準は、あくまでも、本当に「効くか」「効かないか」であり、どういう仕組みで効果を発揮しているのかについては実はよく分かっていない薬もたくさんあるのです。うつ病に関して言うと、現在保険適応のある抗うつ薬、認知行動療法などの精神療法は、いずれも統計学的に有意にうつ病を改善させることが分かっているため、保険適応になっているわけです。

しかし、現在広く使われているうつ病の診断基準を用いると、非常に多くの、様々な背景をもった方がうつ病と診断されてしまいます。そのため、治療を開始する際には、それぞれの患者さんの背景や、日常生活への影響度などをよく考えたうえで治療計画を立てなければなりません。例えば、日常生活への影響度の少ない軽症のうつ病の方に対して、抗うつ薬が有用であるという根拠は実は乏しく、精神療法を主体として治療すべきだと推奨されています。また、伝統的な考えで言うところの、心因性の要素の強い方も、抗うつ薬の効果は限定的なようです。いずれにしても主治医とよく相談し、治療方針に納得をしたうえで治療を開始、継続することが何より大切なことでしょう。

(※1)Bromet E, Andrade LH, Hwang I, et al. Cross-national epidemiology of DSM-IV major depressive episode. BMC Med 2011; 9: 90.

(※2)Peterson RE, Cai N, Dahl AW, et al. Molecular genetic analysis subdivided by adversity exposure suggests etiologic heterogeneity in major depression. Am J Psychiatry 2018; 175: 545–54.