高血圧治療において、脳卒中や心筋梗塞を予防するために血圧を「130/80mmHg未満」に管理することが世界的な標準となりつつあります。しかし、特に収縮期血圧(SBP:上の血圧)を130mmHg未満まで厳格に下げた場合、拡張期血圧(DBP:下の血圧)が下がり過ぎてしまうことがあり、これが脳の認知機能に悪影響を及ぼす可能性が懸念されていました。
この点を検証するため、中国の研究者らが、米国の著名な大規模降圧試験である「SPRINT試験」のデータを二次解析しました。解析対象は、試験開始3ヶ月以内にSBP130mmHg未満を達成した4,424例の高齢高血圧患者です。これらの患者を、到達したDBPのレベルに基づき4つの群(<60、60-69、70-79、≧80 mmHg)に分け、その後の「認知症」および「軽度認知障害(MCI)」の発症リスクを比較しました。
追跡期間中(中央値5.11年)、3.2%が認知症を、6.1%がMCIを発症しました。 年齢などの因子を調整しない「未補正」の解析では、到達したDBPが低い群ほど、認知症およびMCIの発症リスクが有意に上昇するという、明確な傾向が認められました(傾向性P<0.001)。認知症の発生率は、DBPが80mmHg以上の群で0.7%だったのに対し、60mmHg未満の群では5.4%と、大きな差が見られました。
しかし、年齢、性別、人種、BMI、喫煙歴など18項目を統計的に補正した後の解析では、この到達DBPの群間差は消失し、有意な関連は認められなくなりました。
一方で、脳のMRIデータを用いた解析では、異なる傾向が示唆されました。統計的な補正後も、「脳血流量」は到達DBPが低いほど「増加」するという有意な傾向が認められました。しかし同時に、脳の「白質病変容積(脳の小さな血管の障害を示す)」は、DBPが低いほど「増加」する傾向が(有意差なし)、また「全脳容積の減少幅(脳萎縮)」も、DBPが低いほど「大きい」傾向が(有意差なし)見られました。
研究者らは、統計補正後に有意差が消失したことから、「到達DBPは認知症やMCIとは相関しない」と結論付けています。しかし、未補正の解析では明確なリスク上昇が見られ、また脳の構造的変化(白質病変や脳萎縮)においてもDBPが低い群で悪化する傾向が示唆されたことは事実です。
この結果は、SBPの管理を最優先としつつも、特にDBPが下がりやすい高齢者などでは、DBPが下がり過ぎていないか(例えば70mmHg未満 )にも注意を払う必要があることを示唆しています。脳の健康を維持するための最適な血圧管理については、今後も慎重な検討が必要です。
医師 菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献: Yang R, et al. Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2025年10月10日報告. J Hypertens 2023; 41: 1874-2071. Hypertension 2018; 71: 848-857.
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