イメージ画像
  • トップページ
  • コラム
  • アルツハイマー病のアジテーション治療が脳と介護者の負担を軽減|福岡博多の即日MRI・もの忘れ外来
公開日:

アルツハイマー病のアジテーション治療が脳と介護者の負担を軽減|福岡博多の即日MRI・もの忘れ外来

認知症の行動・心理症状(BPSD)としての「アジテーション」

アルツハイマー病は、もの忘れ(記憶障害)が代表的な症状ですが、病状が進行するにつれて、様々な行動・心理症状(BPSD)が現れることがあります。その中でも、患者さん本人だけでなく、介護するご家族にとっても大きな負担となるのが「アジテーション」です。

アジテーションとは、興奮、攻撃的な言動、焦燥感(いらいらして落ち着かない様子)、抵抗といった症状の総称です。例えば、介護をしようとすると大声を出して拒否したり、落ち着きなく歩き回ったり、理由もなく怒り出したりといった行動がこれにあたります。これらの症状は、患者さんの脳の機能低下が原因で起こるものであり、本人の意思でコントロールすることは困難です。しかし、介護者にとっては、どう対応してよいか分からず、精神的に追い詰められてしまう大きな原因となります。

これまで、このアジテーションに対する有効な治療薬は限られていました。そんな中、香川大学の中村祐氏らの研究グループが、非定型抗精神病薬である「ブレクスピプラゾール」が、アルツハイマー病に伴うアジテーションの改善に有効であることを、日本の患者さんを対象とした臨床試験で明らかにしました。

患者の症状と介護者の苦痛を同時に改善する効果

この研究は、第II/III相多施設共同二重盲検試験という、非常に信頼性の高い方法で行われました。アルツハイマー病に伴うアジテーション症状を持つ患者さんを、ブレクスピプラゾールを1日1mg服用する群、2mg服用する群、そして偽薬(プラセボ)を服用する群の3つにランダムに分け、10週間にわたってその効果を比較しました。

評価には、神経精神症状評価尺度(NPI)という、国際的に広く用いられている指標が使われました。このNPIは、患者さん本人の症状の重症度だけでなく、それらの症状が介護者に与える「苦痛の度合い(NPI-Distress)」も測定できる点が特徴です。

結果は非常に有望なものでした。ブレクスピプラゾールを1日2mg服用した群では、プラセボ群と比較して、アジテーションを含む神経精神症状全体のスコア(NPI総スコア)が統計的に有意に改善しました。さらに重要なのは、介護者の苦痛の度合いを示すNPI-Distress総スコアも、同様に有意に低下したことです。これは、ブレクスピプラゾールによる治療が、患者さん自身の症状を和らげるだけでなく、介護するご家族の精神的な負担をも軽減する「一石二鳥」の効果を持つ可能性を示しています。

穏やかな介護環境を取り戻すための新たな選択肢

特に、「興奮/攻撃性」の項目においては、患者さんの症状スコアも介護者の苦痛スコアも、2mg群でプラセボ群に比べて顕著な改善を示しました。アジテーションの中核症状である攻撃的な言動が抑制されることで、患者さんと介護者の間の緊張関係が緩和され、より穏やかな気持ちで日々を過ごせるようになることが期待されます。

一方で、1日1mgを服用した群では、プラセボ群との間に統計的に有意な差は見られませんでした。このことから、有効な治療効果を得るためには、適切な用量の設定が重要であることも示唆されました。

研究者らは、「ブレクスピプラゾールは、日本人の急性期認知症における患者の症状改善および介護者の苦痛軽減に有効である可能性が示唆された」と結論付けています。

アルツハイマー病のアジテーションは、対応が非常に難しく、介護者を疲弊させる大きな要因です。この症状に対して、科学的根拠に基づいた新たな薬物治療の選択肢が示されたことは、多くの患者さんとそのご家族にとって大きな希望となるでしょう。もちろん、薬物療法は非薬物療法(環境調整やコミュニケーションの工夫など)と組み合わせて慎重に行う必要がありますが、この研究は、穏やかな介護環境を取り戻すための重要な一歩と言えます。

医師 菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。 

参考文献: Nakamura Y, et al. Alzheimers Dement. 2025;21:e70522.

「もの忘れ」に関するお悩みは、当院の「もの忘れ外来」へお気軽にお越しください。

Web予約