スマートフォンやパソコンの普及により、高齢者の方々にとってもインターネットは情報収集やコミュニケーションの身近なツールとなりました。このインターネットの利用が、脳を活性化させ、認知症の予防につながるという期待が高まっています。千葉大学の研究グループが、日本の高齢者を対象とした大規模な追跡調査(JAGES)を行い、その可能性を裏付ける重要な結果を報告しました。
この研究は、65歳以上の高齢者5,451人を対象に、2016年から最大5年半にわたり追跡調査を行ったものです。参加者を、インターネットや電子メールを「月に数回以上利用する群」と「利用しない群」に分け、その後の認知症の発症リスクを比較しました。
解析の結果、インターネットを利用しない群と比較して、利用する群では認知症を発症するリスクが約3割低い(リスク比0.71)ことが明らかになりました。これは、インターネットの利用が、私たちの脳の健康維持に対し、何らかの保護的な役割を果たしていることを強く示唆するものです。
インターネットの利用が認知症予防につながる仕組みについて、研究チームは機械学習という高度な統計手法を用いて詳しく分析しました。
その結果、インターネット利用による認知症予防の効果は、特に「普段あまり外出しない人」や「友人と会う機会が少ない人」で大きいことが分かりました。この事実は、インターネットが、身体的な制約や地理的な隔たりを超えて社会とのつながりを維持し、知的な刺激を得るための重要な手段となっている可能性を示しています。オンラインでのニュース閲覧、趣味の情報検索、家族や友人とのメッセージのやり取りといった活動が、脳に適度な刺激を与え続け、もの忘れを含む認知機能の低下を防いでいると考えられます。
また、興味深いことに、高学歴の人や、所得が比較的低い層においても、インターネット利用の効果が大きい傾向が見られました。これは、多様な背景を持つ人々にとって、インターネットが認知的な活動を維持するための有効なツールとなり得ることを示しています。
一方で、この研究は、インターネットを利用しないことが、社会全体として見過ごせない認知症のリスク要因となっている可能性も指摘しています。インターネットを利用しないことによる認知症リスクへの寄与度(人口寄与割合)は18.6%と推計されました。これは、喫煙(14.1%)や社会的孤立(9.6%)といった、すでに知られている他のリスク因子よりも高い数値でした。
この結果は、高齢者の方々が安心してデジタル技術を活用できる環境を整備することの重要性を浮き彫りにしています。研究者らは、特にデジタルスキルに不安を抱える高齢者に対し、使いやすい機器やサービスの開発、地域での学習機会の提供、そして丁寧なサポート体制の構築が求められると提言しています。
もちろん、インターネットの長時間利用による健康への影響も考慮し、適度な利用が重要です。しかし、この研究は、適切に活用すれば、インターネットが高齢者の脳の健康を守り、豊かな生活を支える強力な味方になることを示しています。社会とのつながりを保ち、知的好奇心を満たすツールとして、インターネットとの上手な付き合い方を考えていくことが、これからの健康長寿時代においてますます重要になるでしょう。
菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献: Nakagomi A, et al. Arch Gerontol Geriatr. 2025; 136: 105912.