イメージ画像
公開日:

日本人の日常会話頻度ともの忘れ・認知症リスクの関連

会話が少ないほど高まる認知症のリスク

人との会話は、単なる情報交換の手段だけでなく、私たちの脳の健康を維持するために非常に重要な役割を果たしているようです。国立がん研究センターなどが実施した大規模な追跡調査(JPHC研究)により、日常的な会話の頻度が低い人ほど、将来認知症を発症するリスクが高まることが明らかになりました。

この研究は、50歳から79歳までの男女約3万5千人を対象に、最長で10年以上にわたり追跡したものです。研究開始時に、家族以外の人との会話の頻度を尋ね、その後の認知症発症との関連を分析しました。

その結果は非常に明確でした。会話が「ほぼ毎日」ある人を基準とすると、会話の頻度が「週1〜4回」の人は認知症リスクが1.18倍に、「月1〜3回」の人も1.17倍に上昇しました。そして、会話が「月1回未満」と極端に少ない人では、リスクが2.06倍と、実に2倍以上に跳ね上がったのです。この傾向は、一人暮らし(独居)か家族と同居しているかに関わらず、同様に見られました。これは、日々の何気ない会話がいかに私たちの脳を活性化させ、認知機能の維持に貢献しているかを示唆しています。

社会的つながりが脳の「認知予備能」を高める

なぜ会話が認知症予防につながるのでしょうか。人との会話は、相手の話を理解し、自分の考えを整理し、言葉を選んで表現するという、非常に高度な認知活動の連続です。こうしたプロセスが、脳の様々な領域を刺激し、神経ネットワークを活発に保つトレーニングとなっていると考えられます。

また、会話は社会的なつながりを維持するための根幹をなす活動です。社会的な交流が豊富な人は、一般的にストレスが少なく、精神的にも安定している傾向があります。こうした良好な精神状態が、脳の健康にも良い影響を与えるのでしょう。

さらに、社会的な活動は「認知予備能(Cognitive Reserve)」を高めると言われています。認知予備能とは、脳に多少の病理的な変化(例えば、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβの蓄積など)が起きたとしても、それを補って認知機能を維持する能力のことです。日々の会話を通じて脳を鍛えておくことが、いわば脳の「貯金」となり、いざという時に認知症の発症を遅らせたり、症状を軽くしたりするのに役立つのです。

独居男性で特に注意が必要なコミュニケーション不足

この研究では、さらに踏み込んだ分析も行われています。特に注目すべきは、一人暮らしの男性における結果です。独居男性では、会話の頻度が高い(「ほぼ毎日」以上)場合でも認知症リスクが1.71倍、会話頻度が低い(「週1〜4回」以下)場合には2.60倍と、いずれもリスクが増加していました。一方で、独居女性ではこのようなリスクの増加は見られませんでした。

この性差の理由は明確ではありませんが、男性は退職後などに地域社会とのつながりが希薄になりやすく、会話の内容も限定的になる傾向があるのかもしれません。単に会話の頻度だけでなく、その質や多様性も重要である可能性が示唆されます。

この研究結果は、認知症予防の観点から、意識的に人と会話する機会を作ることの重要性を改めて教えてくれます。地域の活動や趣味のサークルに参加する、旧友と定期的に連絡を取る、あるいはボランティア活動を始めるなど、方法は様々です。大切なのは、社会とのつながりを持ち続け、他者とのコミュニケーションを楽しむことです。人との豊かな交流が、私たちの脳を健やかに保つための最も効果的な「栄養」なのかもしれません。

菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。 

参考文献: Shimizu Y, et al. Arch Gerontol Geriatr. 2025;138:105978.