イメージ画像
公開日:

認知症の診断までに3年半もの時間がかかる現状と早期発見の重要性

もの忘れの始まりから診断までの長い道のり

 「最近、人の名前がすぐに出てこない」「約束をうっかり忘れてしまう」。こうした些細なもの忘れは、年齢とともに誰にでも起こりうることです。しかし、もしそれが認知症の初期症状だったとしたら、できるだけ早く専門家による適切な診断を受け、対策を始めることが重要です。近年、アルツハイマー病の進行を遅らせる可能性のある新しい薬が登場したことで、認知症の早期診断・早期対応の価値は、これまで以上に高まっています。しかし、現実はどうでしょうか。英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究チームが、ヨーロッパ、米国、オーストラリア、中国で行われた13件の研究データを統合・分析したところ、認知症の典型的な症状が現れ始めてから、実際に医師の診断が確定するまでには、平均で3.5年もの歳月がかかっていることが明らかになりました。これは、本人や家族が「何かおかしい」と感じ始めてから、適切な医療やサポートにつながるまでに、非常に長い時間が経過してしまっている実態を浮き彫りにしています。

 診断が遅れる背景にある様々な要因

 特に、65歳未満で発症する若年性認知症の場合、この診断までの期間(Time to Diagnosis;TTD)はさらに長く、平均で4.1年にも及ぶことが示されました。また、人格の変化や行動異常が主な症状として現れる前頭側頭型認知症も、診断が遅れる傾向にあることが一貫して認められています。

なぜ、これほどまでに診断が遅れてしまうのでしょうか。研究チームはその理由をいくつか挙げています。まず最も大きな要因として、認知症の初期症状が「単なる加齢によるもの忘れ」と見過ごされがちな点です。本人も家族も、「年のせいだから仕方ない」と考えてしまい、医療機関を受診するタイミングを逃してしまうのです。また、「認知症」という病名に対する恐怖心や偏見、社会的な認知度の低さから、助けを求めることをためらってしまう人も少なくありません。

 医療システム側の課題も指摘されています。かかりつけ医から専門のもの忘れ外来等への紹介システムが非効率的であったり、専門医やスタッフが不足していたりすることも、診断の遅れにつながります。さらに、1件の研究では黒人でTTDが長い傾向が示されており、人種による医療アクセスの格差も問題視されています。これらの要因が複雑に絡み合い、早期発見の大きな壁となっているのです。

脳の健康を守るために私たちができること

 認知症の診断を迅速化するためには、多角的なアプローチが必要です。まず、私たち一人ひとりが、認知症の初期症状について正しい知識を持つことが大切です。単なるもの忘れだけでなく、計画を立てて実行することが難しくなったり、慣れた場所で道に迷ったり、言葉がスムーズに出てこなくなったりすることも、認知症のサインかもしれません。

 研究者は、社会全体での啓発キャンペーンを通じて認知症への理解を深め、偏見を減らすことが、人々が早期に助けを求める後押しになると提言しています。また、かかりつけ医が認知症の兆候を早期に発見し、専門医へつなぐための研修の充実や、診断後の支援体制を整えることも不可欠です。もし、ご自身や大切なご家族の記憶や行動に変化を感じたら、「年のせい」と片付けずに、まずはかかりつけ医や地域包括支援センターなどに気軽に相談してみてください。その一歩が、未来の脳の健康を守るための最も重要な鍵となります。

菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。

参考文献:Leung P, Orgeta V, et al. International Journal of Geriatric Psychiatry. 2025 Jul 27.