「健康のためには1日1万歩」という言葉をよく耳にしますが、具体的にどのくらいの歩数が、私たちの脳の健康、特に認知症の予防に効果的なのでしょうか。この疑問に答えるべく、世界中の多くの研究結果を統合・分析した大規模なレビューが行われ、より現実的で効果的な目標歩数が示されました。
オーストラリアのシドニー大学の研究グループが、これまでに発表された多数の研究データを統合して分析した結果、1日の歩数とさまざまな病気のリスクとの間に関連があることが改めて確認されました。
特に注目すべきは、認知症との関連です。ほとんど歩かない人(1日2,000歩)と比較して、1日7,000歩を歩く人は、認知症を発症するリスクが約38%も低いことが示されました。毎日少し意識して歩くだけで、将来の「もの忘れ」や認知機能の低下を予防できる可能性があるのです。
ウォーキングの効果は認知症予防だけにとどまりません。同じく7,000歩を目標にすることで、総死亡リスクは47%、心血管疾患のリスクは25%低下することも示されています。歩くというシンプルな運動が、全身の血流を促進し、脳にも十分な酸素と栄養を届けます。これにより、脳細胞の働きが活性化され、神経のネットワークが強化されることで、脳機能全体の維持につながると考えられています。
この研究が示す重要なメッセージは、「1万歩」という高い目標にこだわらなくても、まずは「7,000歩」を目指すことで、十分に大きな健康効果が得られるということです。興味深いことに、認知症や心血管疾患のリスク低下効果は、1日の歩数が5,000歩から8,000歩程度で最も大きくなり、それ以上歩いても効果はあまり変わらない傾向が見られました。
日々の生活の中で、通勤時に一駅手前で降りてみたり、少し遠くのスーパーまで歩いてみたりと、小さな工夫を積み重ねることで7,000歩は十分に達成可能です。無理なく続けられるウォーキングは、将来の脳卒中や認知症を防ぎ、健やかな脳を保つための最も手軽で効果的な方法の一つと言えるでしょう。
菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献: Ding D, et al. Daily steps and health outcomes: a systematic review and meta-analysis. Lancet Public Health. 2025;10:e668-e681.