ペットボトルや食品トレー、レジ袋など、私たちの生活に欠かせないプラスチック製品。これらが環境中で細かく砕けて生じる「マイクロプラスチック」や、さらに小さい「ナノプラスチック」による汚染が、世界的な問題となっています。これらの微小なプラスチック粒子は、海や大気中に広がり、食物連鎖や呼吸を通じて私たちの体内にも侵入していることが、近年の研究で次々と明らかになってきました。
これまでは、肺や血液、胎盤などから見つかっていましたが、2024年9月の研究では、脳を保護するフィルターの役割を持つ「血液脳関門」を通過できることが示唆されました。そして2025年2月には、医学誌『Nature Medicine』に、人間の脳組織にマイクロ・ナノプラスチック(MNP)が蓄積していることを直接的に示した、衝撃的な研究結果が掲載されました。この研究では、亡くなった方の脳のサンプルを分析したところ、すべてのサンプルからMNPが検出され、その濃度は肝臓や腎臓よりも7〜30倍も高かったのです。なぜ脳に多く蓄積するのか、その理由の一つとして、鼻から吸い込んだ粒子が嗅覚を司る脳の部位に直接到達する経路が考えられています。
この研究でさらに懸念されるのは、脳内のMNP濃度が年々増加しているという事実です。2024年に採取された脳サンプルのMNP濃度は、2016年のサンプルと比較して約50%も増加していました。これは、環境中のプラスチック汚染が深刻化し、私たちがそれに晒される機会が増えていることを反映していると考えられます。
そして、この研究ではもう一つ、非常に重要な発見がありました。認知症と診断されていた12人の方の脳では、そうでない方々と比べて、MNP濃度が約3〜5倍も高かったのです。これは、MNPが直接的に認知症を引き起こすという因果関係を証明するものでは、まだありません。研究者らは、認知症によって血液脳関門の機能が低下した結果として、MNPが脳内に蓄積しやすくなった可能性も指摘しています。 つまり、脳内の高濃度のMNPは、認知症の原因ではなく、結果である可能性も考えられるのです。
とはいえ、本来あるべきでないプラスチック粒子が脳内に存在し、その量が年々増え続けているという事実は、私たちの健康にどのような影響を及ぼすのか、大きな懸念を抱かせます。動脈内のMNPが心血管疾患のリスクを高める可能性や、がん細胞の増殖を促進する可能性を示唆する研究も存在します。プラスチックを完全に避けることは困難ですが、使い捨てプラスチックを減らす、こまめに換気や掃除をするといった日々の小さな心がけが、有害な物質にさらされる量を減らす第一歩になるかもしれません。
菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。