現代社会では、デスクワークや長時間のテレビ視聴など、座っている時間が長くなる傾向にあります。この「座位行動」が、運動不足と並んで、糖尿病や心血管疾患(脳卒中や心筋梗塞)のリスクを高めることが、世界的な健康課題となっています。中国でも近年、これらの疾患が急増しており、政府は対策として座位時間を短縮することを推奨していますが、具体的に「座る時間を何に置き換えれば効果的なのか」という点については、十分な科学的根拠がありませんでした。
この課題に取り組むため、香港大学の研究チームは、中国の成人約46万人を対象とした大規模な前向きコホート研究「China Kadoorie Biobank(CKB)」のデータを用いて分析を行いました。研究では、「Isotemporal Substitutionモデル」という統計手法が用いられました。これは、1日のうち、余暇の座位時間(テレビ視聴や読書など)を、同じ時間の他の活動(睡眠、家事、運動など)に置き換えた場合に、病気のリスクがどれくらい変化するかを推定するものです。
約525万人/年という膨大な追跡期間のデータを分析した結果、座位時間を他の活動的な行動に置き換えることで、糖尿病、脳卒中、心筋梗索のリスクが有意に低下することが明らかになりました。
ウォーキングやジョギングといった従来の「運動」に置き換えた場合の効果はもちろんのこと、注目すべきは「家事」に置き換えた場合でも、3つの疾患すべてのリスクが有意に低下した点です。例えば、1日に30分、座っている時間を家事の時間に変えるだけで、糖尿病のリスクは約3%、心筋梗塞のリスクも約3%低下すると推定されました。
また、中国で広く親しまれている「太極拳」への置き換えも、運動と同様に高いリスク低減効果を示しました。さらに、1日の睡眠時間が7時間未満の人に限っては、座位時間を睡眠に置き換えることでも、リスクが低下するという興味深い結果も得られています。
この研究の重要なメッセージは、必ずしもジムに通って激しい運動をする必要はない、ということです。日々の生活の中で、座っている時間を少しでも減らし、掃除や洗濯、料理といった家事で体を動かすこと。それだけでも、将来の脳卒中や糖尿病といった深刻な病気を予防するための、立派な健康習慣となり得るのです。特に、普段運動習慣がない人にとっては、まずは日常生活の中で体を動かす機会を増やすことから始めるのが、現実的で効果的なアプローチと言えるでしょう。
菊池清志
注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。
参考文献: Collings PJ, et al. Lancet Regional Health Western Pacific, 2025 Mar 23.