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好きなチームの応援が認知症の脳に与える良い影響

脳神経科学の視点で探る、プロスポーツ観戦と認知症症状の関連

スポーツは、自身が体を動かして実践することだけでなく、観戦するだけでも心身の健康に良い影響を与えるといわれています。しかし、その具体的な効果については、これまで科学的な証拠が十分ではありませんでした。近年、スポーツ観戦が高齢者の抑うつリスクを低減させる可能性を示した研究報告もあり、精神的な健康を保つ上での役割が注目されています。

このような背景のもと、大阪府の脳神経内科クリニックでは、プロスポーツの勝敗が認知症の人の症状にどのような影響を与えるかを調査する、ユニークな研究が行われました。この研究では、クリニックに通院する認知症の患者さん855人を対象に、2023年のプロ野球シーズンにおける阪神タイガースの優勝という出来事が、行動・心理症状(BPSD)にどう関連したかが分析されました。BPSDとは、認知症に伴って現れる、攻撃的な言動、不安、抑うつ、幻覚、妄想といった症状のことです。研究では、BPSDの重症度を測る「ABS」というスコアや、認知機能を評価する「HDS-R」「MMSE」といった指標の変化が追跡されました。

阪神タイガース優勝で認知症の一部症状に改善がみられる

調査は、患者さんの家族や介護者へのアンケートを通じて行われました。アンケートでは、スポーツ観戦の習慣、ひいきのチームや選手の有無、そしてその勝敗によってBPSDが変化するかどうかが尋ねられました。

解析の結果、非常に興味深いことが明らかになりました。阪神タイガースを応援しており、かつ「チームの勝敗がBPSDに影響する」とされた患者さんのグループ(18例)において、阪神のリーグ優勝が決定した後、BPSDの重症度を示すABSスコアが平均6.8点から2.9点へと、統計的にも有意に改善していたのです。特に「攻撃的暴言」の項目で顕著な減少が見られました。 これは、応援するチームの快挙がもたらす喜びや興奮といったポジティブな感情が、認知症の人の精神状態を安定させ、問題行動を和らげる可能性を示唆しています。

また、この研究では、大谷翔平選手が在籍していたロサンゼルス・エンゼルスを応援する患者さんのグループでも、統計的に有意ではないものの、症状の改善傾向が見られたと報告されています。

この研究結果は、特定のチームの勝利がすべての認知症の人に効果があるというものではありません。しかし、自分が情熱を注げる対象を持ち、その成功を心から喜ぶという体験が、脳に良い刺激を与え、認知症に伴う一部の症状を緩和する一つのきっかけになり得ることを示しています。好きなことに夢中になる楽しみや、感動を味わうことが、日々の生活の質を高め、心の健康を支える上でいかに重要であるかを、この研究は教えてくれます。

菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。

 参考文献: 初田裕幸氏, 第43回日本認知症学会発表内容, 2023. Sci Rep, 2021; 11: 10612. J Neurol Sci, 2015: 350; 14-17.