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退職が脳の健康に与える影響 特に女性で顕著な改善効果|福岡博多の即日MRI・もの忘れ外来

退職後の生活と認知機能の新たな関係

多くの人にとって、「退職」は人生の大きな転換点です。長年の仕事から解放され、自由な時間が増える一方で、社会とのつながりが希薄になったり、生活リズムが乱れたりすることへの不安を感じる方も少なくありません。特に、退職が私たちの脳の健康、すなわち認知機能にどのような影響を与えるのかについては、これまで「低下する」「影響はない」「むしろ有益である」と研究結果が分かれており、明確な結論は出ていませんでした。

この長年の疑問に答えるため、慶應義塾大学の研究グループが、米国をはじめとする世界35カ国の高齢者に関する大規模な縦断調査データを統合し、10万人以上を対象とした国際的な解析を行いました。50歳から70歳までの参加者を平均6.7年間にわたり追跡し、退職というライフイベントが、その後の認知機能や身体機能、生活習慣にどのような変化をもたらすかを検証したのです。

その結果、退職は、多くの人が懸念するような認知機能の低下を招くどころか、むしろ健康状態を改善する方向に関連していることが明らかになりました。そして、その好影響は、特に女性において顕著に見られたのです。

女性に見られた認知・身体機能の改善と生活習慣の変化

この研究で明らかになった、退職に伴う健康上の変化は以下の通りです。

まず【女性】において、退職後に認知機能(単語記憶テストの成績)が有意に改善することが示されました。さらに、日常生活の自立度(ADL/IADL)も向上し、主観的な健康度も改善していました。生活習慣の面でも、運動不足(身体的不活動)や喫煙が減少するなど、ポジティブな変化が見られました。

一方、【男性】では、退職後に主観的な健康度が改善する効果は見られたものの、認知機能や身体機能、生活習慣の面では、統計的に有意な改善は認められませんでした。

なぜ、このような男女差が生まれたのでしょうか。研究者らは、その背景に「退職後の生活行動の違い」があるのではないかと指摘しています。一般的に、女性は退職後に地域の活動や趣味のサークルなど、新たな社会参加に積極的に関わる傾向が強いとされています。こうした活動が、身体を動かす機会を増やし、新たな人との交流を生むことで、脳と体の両方に良い刺激を与えているのかもしれません。また、長年の仕事と家庭の両立という二重のストレスから解放されることが、喫煙といった不健康な習慣をやめるきっかけになっている可能性も考えられます。

健康的な退職後ライフスタイルの重要性

この研究結果は、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。第一に、退職は必ずしも認知機能の低下に直結するわけではなく、むしろ新たな活動を始める良い機会と捉えることで、脳の健康を維持、向上させることができるという点です。

第二に、退職後の健康状態には性差があり、特に男性は意識的に社会とのつながりや活動的な生活を維持する努力が必要かもしれない、という点です。通勤や労働という形で半ば強制的に維持されていた身体活動や社会的交流が失われた後、どのように新たな生活をデザインするかが、その後の健康を大きく左右します。

研究者らは、公的年金の受給開始年齢の引き上げによって、人々がこの「退職による健康改善効果」を享受できる時期が遅れることへの懸念も示しています。特に女性にとっては、退職が認知症や身体機能障害のリスクを低減する重要な機会となっている可能性があり、その時期を遅らせることが、長期的には社会全体のコストを増大させるかもしれないのです。

この研究は、退職後の人生をいかに健康で活動的に過ごすか、そのための社会的な支援や個人の意識がいかに重要であるかを改めて教えてくれます。退職は「終わり」ではなく、脳と体の健康を育む新たな「始まり」のステージなのです。

医師 菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。 

参考文献: Sato K, et al. Am J Epidemiol. 2025 Jun 13. [Epub ahead of print]

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