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社会とのつながりが脳の健康を守り75歳以上の認知症発症率を低下させる

日本の高齢者における認知症発症率の喜ばしい変化

 近年、日本では高齢化が急速に進む一方で、高齢者の社会参加、例えば地域のボランティア活動や趣味のサークル、老人クラブへの参加などが活発になっています。こうした社会とのつながりが、私たちの心身の健康、特に脳の健康に良い影響を与えるのではないかという期待が高まっています。社会参加が認知症のリスクを低下させる可能性は以前から指摘されていましたが、実際に社会全体の認知症発症率にどの程度影響を与えているのかは、これまで明確ではありませんでした。

 そこで、医療経済研究機構の研究チームは、日本の5つの自治体を対象とした大規模な高齢者追跡調査(JAGES研究)のデータを活用して、この疑問に迫りました。研究では、2013年から2016年までのコホート(集団)と、2016年から2019年までの新しいコホートを比較し、3年間の認知症発症率に変化があったのか、そしてその変化に社会参加がどう関わっているのかを詳細に分析しました。対象となったのは、要介護認定を受けていない65歳以上の地域在住高齢者、合計で5万人以上です。

社会参加の活発化が認知症発症率低下の鍵 

分析の結果、3年間の認知症発症率は、2013年~16年に調査されたグループでは「1万人あたり年間149.7人」だったのに対し、2016年~19年のグループでは「1万人あたり年間131.3人」へと、統計的に意味のある減少がみられました。これは、日本社会全体で認知症予防に向けた何らかの良い変化が起きていることを示唆しています。研究チームがこの発症率低下の要因を分析したところ、特に75歳以上の後期高齢者でこの傾向が顕著でした。まず、年齢や性別といった基本的な条件をそろえて比較したところ、新しい調査グループの方が認知症になるリスクが17%低いという結果でした。しかし、その分析に「社会参加の有無(友人との交流頻度など)」という要素を加えて改めて計算すると、両グループのリスクの差はほとんど見られなくなりました。 

これは、75歳以上の高齢者における認知症発症率の低下が、まさに社会参加がより活発になったことによって説明できる、ということを強く示唆しています。つまり、趣味の会に出かけたり、友人と食事をしたり、地域のイベントを手伝ったりといった、人とのつながりを持ち続けることが、脳の健康を維持し、認知症の発症を遅らせる上で非常に重要な役割を果たしている可能性が高いのです。

もの忘れや認知症を防ぎ、豊かな人生を送るための社会との関わり

この研究は、認知症予防が個人の健康管理だけでなく、社会全体のあり方とも深く関わっていることを教えてくれます。人と会って話す、共通の目的のために協力する、新しい役割を持つ。こうした社会的な活動は、私たちの脳に多様な刺激を与え、思考力や記憶力をはじめとする認知機能を活性化させます。また、社会的な孤立を防ぎ、精神的な安定をもたらすことも、脳の健康にとってプラスに働くでしょう。

 定年退職後や子育てが一段落した後も、積極的に外に出て、地域社会や趣味のコミュニティと関わりを持つことが、認知症やもの忘れを遠ざけ、豊かなセカンドライフを送るための鍵となります。自治体や地域が、高齢者が気軽に参加できるような場や機会を増やすことも、社会全体の認知症予防対策として非常に有効であると言えるでしょう。研究者らは、これらの知見は社会参加と認知症発症率低下との間に潜在的な関連があることを示唆しているとしつつも、結果を確認するためにはさらなる研究が必要であるとまとめています。

菊池清志

注)本コラムは、情報提供を目的としたものであり、当院・医師の意見・方針を反映したものではございません。

参考文献:Fujihara S, et al. Arch Gerontol Geriatr. 2025;137:105944.